Masuk「……夢じゃない」
目が覚めたら広いベッドの上だった。
自分のマンションとは言わない、せめて安ホテルの硬いベッドの上であってほしいなどという私の願いは無残に打ち砕かれた。
「いや、顔を洗って完全に目が覚めたら……って可能性はないよね……」
我ながら往生際の悪い自分に自嘲し、洗面所へと向かう。
しかし通過しようとしたリビングで信じられないものを見て、足が止まった。
「おはよう」
私に気づいた彼が、読んでいた新聞から顔を上げる。
「お、おはようって、なんであなたがここに……!」
オートロックだから鍵はかかっているはず。
そして部屋の鍵は確かに昨晩、テーブルの上に置いて寝た。
なのにどうして昨日の彼がここにいるの!?
「なんでって、今日は観光に連れていってやると約束しただろ」
私は怒っているというのに彼は平然と、また新聞へ視線を戻した。
「ほら、顔を洗ってこい。
準備が済んだら朝食を食べに行こう」
「昨日も言いましたけど、私はあなたのお世話になる気はこれっぽっちもないですから」
「いいから顔を洗ってこい。
僕は君が起きるのを待ちくたびれて、腹が減っているんだ」
「それはなんか、すみません……」
つい謝ったが、これは私が詫びなければいけないのか?
しかも彼の顔は新聞から上がらず、私のほうをちっとも見ない。
「あーもー、腹が減って死にそうだー」
わざとらしく言い、ようやく私の顔を見た彼は、右の口端だけをつり上げてニヤリと笑った。
からかわれた、そう気づいて頬がカッと熱くなる。
「……意地悪ですね、あなたは」
「そうか?」
軽く言って今度は、彼は新聞を畳んだ。
「いいからほら、顔を洗って着替えてこい。
いつまで経ってもしないというのなら、僕がやってやるが?」
「けっこうです!」
本当に実行されそうで、とっとと洗面所に逃げ込む。
なんなんだろう、あの人。
ヤるのが目的ならまだ理解できるが、昨晩は私をおいてさっさと出ていった。
そして今日は朝から、朝食を食べに行こうと私を待っている。
「……ほんと、わかんない」
はぁーっと私の口から落ちていったため息は、どこまでも憂鬱だった。
着替えて寝室から出てきた私を見て、彼がひと言発する。
「地味だな」
それはぐさっとナイフになって私の胸に突き刺さった。
お洒落だと思って買った、シンプルなフレンチスリーブの黒ワンピース。
でも私が着たらいまいちになるのはなんでだろう?
いつも、そう。
雑誌やマネキンを見ていいなと思っても、私が着ると野暮ったくなる。
「予定変更だ、朝食を取ったら服を買いに行こう」
「だから、私はあなたのお世話になる気はっ」
「これ」
にっこりと笑った彼の手には、パスポートが握られている。
「返してほしいのなら、僕に付き合おうか?」
「えっ、あ!?」
慌てて自分の鞄を確認するが、パスポートが見当たらない。
ついでに、財布も。
「ド、ドロボー!」
怒りで、わなわなと身体が震える。
「言いがかりだな。
付き合ってくれたら返すって言ってるだろ」
しかし涼しい顔で彼は、挑発するかのようにパスポートを揺らした。
「……なにが狙いですか?」
レンズ越しに真っ直ぐに、彼の細い目を見据える。
「なにが狙いって酷いな。
僕はただ、君をものにしたいだけだ」
彼の手が伸びてきて、頬に触れた。
「……僕は君が欲しい」
私を見つめる瞳は、艶やかに光っている。
それに捕らわれたかのように目は逸らせない。
「しかし、無理強いはしたくない」
ふっと淋しそうに笑い、彼が私から手を離す。
それで身体から力が抜けた。
「だから君がここにいる間、僕に堕ちてくれるように精一杯頑張るよ」
立ち上がる彼を黙って見上げる。
この人はどうして、そこまで私に拘るのだろう。
ただの、行きずりの女に。
「ほら、朝食を食べに行くぞ。
僕は腹が減ってると言っただろ」
彼が私に向かって手を差し出してくる。
その手を無言で見つめた。
夫になるはずだった男と別れた翌日に、違う男の手を取るほど軽い女ではない。
けれど彼には一宿の恩がある。
それにここは誰も知らない異国の地。
あの人を忘れるためにほんの少しだけでいいから――他の人に縋っても許されるだろうか。
「そうですね、人質……この場合、モノ質?取られちゃいましたし」
彼の手に私の手をのせる。
ここにいる間だけ。
彼に夢を見させてもらおう。
彼と一緒にホテルを出た。
今日も移動はリムジンだ。
……彼って、いったい何者なんだろう?
今日はオフなのかアロハシャツになっているが、それでも気品が溢れている。
ゆで玉子のようにつるんとした肌は髭が生えるかどうかも疑わしい。
柳の葉のように細く切れ長な目、少し高い鼻に整った唇。
昨日と違い黒縁眼鏡になっているが、それがいいアクセントになっている。
「ん?」
彼の首が僅かに傾き、じっと見ていた自分に気づいて、顔を逸らす。
……観光、ではないみたいだし、仕事?
なんの仕事なんだろう。
朝食……というよりもブランチに彼が連れてきてくれたのは、パンケーキのお店だった。
「遠慮はしなくていい。
好きなのを頼め」
「ありがとうございます」
渡されたメニューを開き、どれにするか決める。
店員を呼んで彼は注文をしてくれた。
「
「え?」
つい、まじまじと彼の顔を見ていた。
まだ私、彼に名乗っていないはず。
「なんで、名前」
「パスポートを見た」
ああ、そーですね……。
ちなみにまだパスポートと財布は返してもらえていない。
「だいたい、どうやって部屋に入ったんですか?」
「ん?
ちょっとな」
なんて彼はウィンクしてみせたが……まさか、ピッキング?
いや、あんな高級ホテルの鍵がそんなので開くほどちゃちなわけがないか。
「それで、李依は何日いるんだ?」
「ハワイに六日間滞在の予定だったので、……あと五日ですね」
「わかった」
彼は頷いているが、彼の予定はどうなんだろう。
帰りの飛行機の都合などあるはず。
「……えっと」
尋ねかけて、止まる。
そういえばまだ、名前も聞いていない。
「パパー、おかえりしゃい」「ただいまー、みちかー」出迎えた娘を悠将さんが抱き上げる。「李依もただいま」「おかえりなさい」空いた手で私を抱き寄せ、悠将さんはキスをした。「調子はどうだ?」「順調ですよ」今、私のお腹は大きく膨れている。二人目を妊娠していた。リビングに向かいながら、後ろから着いてくる運転手をちらり。彼の手には例のごとく、大量の箱と紙袋が持たれている。「……また、買ったんですが」「……いいだろ、別に」よくない! とかツッコミたい。最初は広い家だと思っていたが、今では悠将さんの買ってきた子供用品と私の服で溢れそうだ。「ほら、満華。お土産だぞー」「わーい!」ぴょんぴょん跳びはねる満華の横で、にこにこ笑いながら悠将さんが買ってきたものを開けていく。それは、この家の下見に来たあの日、見た幻そのものだった。……ああ、幸せだな。可愛い娘がいて、素敵な旦那様がいる。それに、もうすぐ二人目も。悠将さんは約束どおり、私を幸せにしてくれた。私も悠将さんも幸せにできていたらいいな。「うわーっ、おひめしゃまだー!」悠将さんが取り出したのは、フリルたっぷりのワンピース……というよりも、もはやドレスだった。「だろー、パパは約束を守るからな」悠将さんは得意げだが、そういえば今回、日本を立つ前にお姫様もののアニメを満華と一緒に観ていて、満華もお姫様になりたいとかねだられていたな……。「あとはティアラに……ネックレスに……イヤリングに……」「……ちょっと待ってください」次々に取り出されたそれらに、とうとうツッコミを入れた。「もしかしてそれって、本物とか言いませんよね?」「ん?ダイヤとプラチナで作ってもらったが?」「ああ……」それを聞いて崩れ落ちてしまったが、仕方ない。子供のおもちゃに本物を買ってくる人がどこにいる?ここにいるんだけど。「イミテーションでいいんですよ、イミテーションで」それでも子供のおもちゃと思えない、高級なものが出てきそうだが。「なんだ、李依も欲しかったのか?心配するな、お揃いで作ってある」悠将さんが新たに開けた箱の中から、同じデザインのネックレスが出てきた。「僕のタイピンも作ったんだ」さらに同じモチーフのタイピンが取り出される。「男の子はなにがいいのかわからなかったん
「だから、まだジャニスにやり直す気があるのなら、手を貸してやろうと思った。それだけだ」ぽりぽりと人差し指で、彼が頬を掻く。悠将さんは自分が気づいていないだけで、凄く優しい。こんなに優しい人が私の旦那様で、そして子供の父親でよかったと思う。「それにしてもアイツ、僕に『和家様!』とか言って過剰な接待をしてくるのはなんでだろうな?」悠将さんは不思議そうだが、私に聞かれてもわからない。「あ、そうだ」立ち上がった悠将さんが荷物の中からなにかを探し、戻ってくる。「ジャニスが李依に、って。妊婦も大丈夫なリラックスできるアロマスプレーだって言ってた」「へー」軽く空間に向かってスプレーしてみたら、ラベンダーのいい匂いが広がった。「好きな香りだし、いいかもです。お礼を言っておいてください」「わかった。というか、エステに来るときはぜひ連絡くれ、私自身がお相手をしたいので、とか言っていたぞ」「はい……?」まだ私に敵対心を燃やしている……とかないと思いたい。「李依様は和家様の大事な奥様で、和家様の御子を産む大事な身体なのですから、大事にせねばなりません……とかなんとか言っていた。聞き流していたが、あらためて思い出すと気持ち悪いな」不快そうに眼鏡の下で悠将さんの眉が寄る。これってもしかして、尊敬がすぎて崇拝になっていないかな……?ちょっと心配だ。「……ん?」「李依、どうした?」私が微妙な声を出し、怪訝そうに悠将さんが顔をのぞき込む。「なんか今ちょっと……」……ズキッとしたような?「もしかして陣痛じゃないのか?」「そうなんですかね……?」なにせ、初めてなのでわからない。「病院、今すぐ病院に行こう!」「えっと、そこまで慌てないでいいので……」「今すぐ生まれたらどうするんだ!?」らしくなく慌てふためいている悠将さんを見ていたら、反対に冷静になってきた。でも、ちょうどいいタイミングでよかったな。出産予定日にあわせて帰ってはきたけれど、少しズレていたら立ち会えなかったもんね。深呼吸したら落ち着いたらしく、病院に向かう車の中でも、着いてからもずっと、悠将さんはどっしりとかまえて手を握っていてくれた。そして――。
私の予感は的中し。「李依、ただいま!」一週間ぶりに帰ってきた悠将さんの後ろには、いくつも積み重なった箱を抱えている運転手が見える。それにはぁーっとため息をついてしまった私に罪はない。だって。「……また、買ってきたんですか?」「だって可愛いのがあったからさー」あったからさー、じゃないです。そうやっていつもいつも買ってくるから、家の中は子供用品であふれかえっていますが?買ってきたものは仕方ないので運び込んでもらう。今日はおままごとセットに、お姫様セット、あとは洋服や靴だった。性別がわかる前はどちらにもOKなぬいぐるみやユニセックスなデザインの服。女の子らしいとわかってからは拍車がかかり、可愛らしいお洋服を山ほど買ってくる。そういえば、ハワイでも私に死ぬほど服を買ってくれたなー。これは、悠将さんの仕様なんだろうか。夕食を食べたあと、リビングのソファーでまったり過ごす。「お腹、大きくなったな」「そうですね、もういつ生まれてもおかしくないです」とうとう臨月に入った。会社も少し前に産休に突入。私としては子育てが落ち着いたら復帰したいところだが、ハイシェランドホテルとの契約が決まってからというもの軽く役員待遇で居心地が悪いので、こちらはちょっと考えている。それにその頃には、アメリカに渡っているかもしれないし。後ろから私を抱き締めて座り、悠将さんがいつものように口付けの雨を降らしてくる。「そうだ。エステサロンを買ったんだ。マタニティエステもやる予定らしいから、李依も利用したらいい」……まさか、私のために買ったりしてないですよね?悠将さんならやりそうだから怖い。「べ、別に李依のために買ったわけじゃないぞ?」私の疑惑の視線に気づいたのか悠将さんは慌てて否定したけれど、眼鏡の奥で目がきょときょとと忙しなく動き、視線も合わせないとなると疑わしい。「ジャニスが心機一転、新しい事業を立ち上げると言うから、出資したんだ。アイツのホテルでやっていた、ジャニスプロデュースのエステは評判よかったからな。きっといいエステサロンになると思うんだ」これってあんな厳しいことを言っていながら、ジャニスさんを救済したんだろうか。「評判が上がればうちのホテルに導入してもいい。先行投資というヤツだ」まだ私のため疑惑は拭えないが、とりあえず他の理
……その後。「李依ー、ただいまー!」「おかえりなさい」ドアから飛び込んできて速攻抱きつき、キスしてくる悠将さんには苦笑いしかできない。「聞いてくれ。ジャニスのホテルを買ってきた!」「……は?」超うきうきな悠将さんが、いったいなにを言っているのかわからない。ホテルって、コンビニでおにぎり買うみたいに買えるもんなの?「一度まっさらになって考え直したいのでホテルを買ってくれ、なんてアイツらしくなく殊勝に言ってきたから、好条件で買ってやったよ」ジャニスさんはホテルを失ったわけだし、いい結果なのか悪い結果なのか私にはわからない。そのあとしてくれた説明によると、悠将さんはジャニスさんのホテル買収を画策していたらしい。しかも、彼女が応じなければかなり強引な手段も考えていたみたいだ。しかし、ジャニスさんからホテルを買ってほしいと真摯に相談され、できるだけ彼女の希望に添う形で買い取ったそうだ。これってジャニスさんが心を入れ替えたからなんだろうか。そうだったらいいな。「李依、お腹少し大きくなったか?」ソファーで後ろから私を抱き締める悠将さんの手が私のお腹を撫でる。「わかりますか……?」五ヶ月に入り、お腹の膨らみがわかるようになってきた。でも服を着ていたら気づかない程度なのに、悠将さんにはわかっちゃうんだな。「可愛いなー、男の子かなー、女の子かなー」悠将さんはにこにこしっぱなしで、私も自然と頬が緩んできちゃう。「悠将さんはどっちがいいんですか?」「そうだな、女の子は李依に似て絶対可愛いだろうし、男の子も可愛いと思うから悩むな……」真剣に悠将さんは悩んでいるが、そこまで?「……でも、男の子だったら形は違うとはいえ、お父さんとキャッチボールの夢が叶うんだよな……」淋しげに悠将さんが眼鏡の奥で目を伏せる。……んんっ!絶対私、男の子を産む!産んでみせる!……とかいうのは半分冗談として。「……父とキャッチボールは、どうですか……?」たぶん、父なら喜んで悠将さんの相手をしてくれると思う。悠将さんの夢はできるだけ叶えてあげたい。「李依のお父さんと……?」「はい。頼んでみましょうか?」「いや、いい」あっさり断られ、出過ぎた真似をしたのかと思ったものの。「……そうか。僕にはもう、お父さんとお母さんがいるんだ」ふふっと小さ
次の健診も経過順調だった。出社前にこの間のカフェで昼食を取る。「ハロー」聞き覚えのある声がしたあと、誰かが私の前に座った。顔を上げると予想どおりジャニスさんがいる。たぶんどこかで、私が来るのを見張っているんだろう。今日も私の許可など取らず、勝手に注文して居座った。「悠将、ホテルをひとつ失っちゃったわね。可哀想」「……そう、ですね」グループのホテルのひとつが、ジャニスさんの買収に応じた話はすでに悠将さんから聞いている。彼は私のせいじゃないから気にしなくていいと何度も言ってくれたが、それでも心苦しい。「それだけ?あなたのせいなのよ?どうする気?」ジャニスさんは愉しそうにニヤニヤ笑っていて、性格悪いなと思う。そんなところが悠将さんと合わないのだと気づかないのかな。「私はただ、それでも私を愛してくれる悠将さんを、精一杯愛して、幸せにするだけです。悠将さんもそれでいいと言ってくれました」私の答えで鼻白み、不機嫌そうにジャニスさんはグラスを口に運んだ。悠将さんは渡しのせいじゃないと言ってくれたが、それでも心苦しい。きっと償いなどと言ったらまた怒られるだろうが、それでもこれが私なりの償いだ。それにきっと、これなら彼も許してくれると思う。「あなたこそ、大丈夫なんですか?悠将さんのホテル買収なんて派手なことをしていますが、……経営、苦しいそうですね」さっと彼女の顔に朱が走る。……本当、なんだ。悠将さんから聞いたときは、まさかと信じられなかった。けれど従業員の対応が悪いとSNSで噂になっていて予約が減っていると教えてもらえば、なんか納得した。「そ、そんなこと、あるわけないじゃない」強がりを言いながらも彼女の声は震えている。「なら、いいんですが」嫌な思いをさせられたんだからやり返してやれと悠将さんから教えられた話だけれど、ちょっとフェアじゃないなと心が痛い。無言で残りを食べてしまう。ジャニスさんの料理も運ばれてきたが、彼女はなに言わずにもそもそと食べていた。食べ終わり、席を立つ前に声をかける。「悠将さんから伝言です」私の言葉でぱっと彼女の顔が上がった。「こんな卑怯な手を使わず、正々堂々合併や融資の相談をするのなら話は聞く、……だ、そうです」みるみるジャニスさんの顔が恥辱に染まっていく。「私は、これで」彼女
悠将さんの今回の帰国は、一週間ほどなのらしい。「なのに引っ越しなんてしていていいんですか……?」帰ってきて翌々日に、ホテルから購入した家に移った。アメリカに発つ前に手配した家具などはすでに運び込まれていたし、幸いなのか私の荷物も出ていくつもりでまとめてあったので、よかったと言えばよかった。しかし忙しいだろうに、家移りなんてよかったのか気になる。「んー?今回は引っ越しするために帰ってきたんだ。ホテル住まいも悪くないが、李依は落ち着かないようだったからな」無言で彼の顔を見上げる。まさか、気づいていたなんて思わない。綺麗に整えられているホテルは楽だったが、そのために従業員だけだとはわかっているとはいえ、不特定多数が部屋へ入るのを気にしなければならない。それがいつまで経っても慣れなかった。「これでゆっくりできるだろ?」「そうですね、ありがとうございます」一緒に窓際に立って庭を眺める。「でも、ブランコは必要ですか?」そこには可愛らしい白のブランコが設置してあった。「必要だろ?」「あと、滑り台も」「いるに決まっている」悠将さんはドヤ顔で頭が痛い。これらは相談なく置かれ、今日ここに来て初めて知った。「……そうですね、あるといいかもしれませんね」「だろ?」本当に嬉しそうに悠将さんが笑う。家が嫌いだと言っていた悠将さん。嫌いだから、滅多に帰らない。その悠将さんが楽しそうに家のことをあれこれ考えているのは、私も嬉しい。ここを、悠将さんが帰ってきたくなる家にする。これが当面の、私の目標だ。引っ越しが終わり、落ち着く暇もなく悠将さんはアメリカに戻っていった。やはり、ジャニスさんからのホテル買収でバタバタしているらしい。今日は休みだったので、家からお見送りした。「悠将さん。今日は寒いので、よかったら」腕を伸ばし、自分が編んだマフラーを彼の首に巻く。「これは?」「私が編んだんです。お気に召してもらえるといいんですが」色、チャコールグレーにして正解。スーツやコートの色と合っているし、悠将さんによく似合っている。「李依が?僕のために?」「はい、そうですが」悠将さんは微妙な反応で、やっぱり手編みなんてダメだったのかと思ったけれど。「ありがとう、李依!」いきなり、悠将さんから抱きつかれた。「手作りのプレゼン







